Model10 完全差動バランス出力ヘッドホンアンプ技術解説

Model10シャーシ内部写真


この写真は解説の為、蓋を開けています。内部には高電圧が掛かっている部分がありますので絶対に開けないで下さい。

完全差動アンプ

Model10は完全差動回路を用いて良質なバランス出力とアンバランス出力を同時に得ています。
完全差動アンプは+INと−INの入力端子と+OUTと−OUTの出力端子、Vcom端子の5端子を持つ増幅器です。
+INと−INの差が増幅され+OUTと−OUT間に出力されます。
Vcomは+OUTと−OUT間の中点電圧を設定します。
ヘッドホンアンプではVcomは0V(グランド)とします。
Vcomにより無入力時+OUTと−OUTは0Vに保たれます(低DCオフセット)。
信号入力時+OUTと−OUTには0Vに対して平衡な電圧が出力されます。

完全差動アンプの構成

Model10の1チャンネル分は4個の差動増幅段と2個のSEPP出力出力段で構成されます。

@は2N7002DWデュアルMOSFETによる初段差動増幅器です。
入力信号は差動増幅され正側ドライバー段Bと負側ドライバー段Aへ送られます。
AとBはNSS40300MDR2GデュアルPNPTrによるドライバー段差動増幅器です。
正・負の信号は大振幅に増幅されてデュアルTrによるSEPP段に送られます。
デュアルTrによるSEPP段によりヘッドホンは低インピーダンスで駆動されます。
CはNSS40301MDR2GデュアルNPNTrによる同相帰還差動増幅器です。
Vcomと出力中点を比較し、出力電位と出力の平衡を維持する為の誤差信号を作ります。
誤差信号はドライバー段の負入力へ送られ出力に生じる誤差(同相分)を打ち消します。(同相帰還)

完全差動アンプの回路

下図はModel10の1チャンネル分の回路図です。

  1. 入力信号はU101 2N7002DWデュアルMOSFETの差動増幅器により増幅され
     正相出力はQ102 NSS40300MDR2GデュアルPNPTrの正相ドライバー段へ
     負相出力はQ103 NSS40300MDR2GデュアルPNPTrの負相ドライバー段へ
    送られます。
    デュアル素子は熱結合性が良く、出力の電圧変動を少なくできます。
  2. 正相及び負相ドライバー段は3.5W出力に必要な+−8VP-Pの駆動信号を作ります。
    ドライバー段は差動増幅器ですが信号に対してはエミッタ接地の増幅器として動作します。
  3. ドライバー段コレクタ側の2個のダイオード接続されたデュアルTrと22Ωの抵抗器はSEPP出力段のバイアス電圧を作ります。
  4. SEPP出力段はデュアルTrで構成します。出力用Trとバイアス用のダイオード接続されたTrは密接に熱結合されバイアス電流を安定に保ちます。SEPP出力段はNSS40301MDR2GデュアルNPNTrとNSS40300MDR2GデュアルPNPTrで構成します。
    NSS40301MDR2GとNSS40300MDR2Gは最大コレクタ電流6A、hfe400クラスの高性能Trで32Ωのヘッドホンを十分に駆動します。
    SEPP出力段のアイドリング電流は14mAです。
  5. 正相SEPP出力と負相SEPP出力は2個の300Ω抵抗器(R120,R121)で結ばれます。
    正負出力が完全に平衡ならば2個の300Ω抵抗器(R120,R121)の中点には信号は現れません。
    ここには出力の不平衡分(同相分)が現れます。
  6. 不平衡分(同相分)はQ104 NSS40301MDR2GデュアルNPNTrの差動増幅器によりVcomと比較されます。
    Model10ではVcomは0Vです。不平衡分(同相分)と0Vの差が同相帰還信号として正相及び負相ドライバー段に戻されます。
  7. 300Ω抵抗器(R120,R121)の中点→Q104 NSS40301MDR2GデュアルNPNTrの差動増幅器→正相及び負相ドライバー段
    という同相帰還の結果、出力信号の不平衡分(同相分)は打ち消されると共に無信号時の出力電位はVcom(0V)に保たれます。

使用デュアル素子について

Model10は全増幅段にデュアル素子を用いています。

  1. 2N7002DW
    初段差動増幅に用いられる2N7002DWは小信号用のNchデュアルMOSFETです。
    特性の揃った2個の小信号用のNchMOSFETが格納されています。
    写真は1円硬貨の上に載った2N7002DWデュアルMOSFETです。
    MOSFETは出力段等の電力用途に良く用いられますが初段にも有用です。
    接合型FETに比べ
    の利点があります。
    2N7002DWデータ―シート
  2. NSS40301MDR2GデュアルNPNTrとNSS40300MDR2GデュアルPNPTr
    Dual Matched Transistorと呼ばれ、hfeが10%以内、Vbeが2mV以内に揃えられた2個のTrが格納されています。
    最大コレクタ電流6Aと駆動力が高く、hfeは1mAから1Aの広範囲で400クラスと高性能です。
    小信号電圧増幅からSEPP出力段までの多様な用途に使用できます。
    Model10では初段差動増幅を除く全ての増幅段にこのデュアルTrを使用しています。
    NSS40301MDR2Gデーターシート
    NSS40300MDR2Gデーターシート

無調整・高安定SEPP出力段

Model10はステレオ構成のバランス出力ですので、4個のSEPP出力段があります。
4個のSEPP出力段のアイドリング電流を同一に設定し維持しなければなりません。
生産性と信頼性の向上の為、SEPP出力段のアイドリング電流の無調整化と安定化を行いました。

下図左が一般的なSEPP出力段、下図右はデュアルTrを用いたModel10のSEPP出力段です。
一般的なSEPP出力段では目標のアイドリング電流値にする為にRbを半固定抵抗器としたり、温度補正ダイオードを選別したりして調整する必要があります。

Model10では一般的なSEPP出力段の温度補正ダイオードをデュアルTrのダイオード接続で置き換えることにより
 ・同一シリコンチップ内の隣接したダイオードとTrなので高度に熱結合された完璧な温度補正。
 ・同一プロセス、同一製造条件のダイオードとTrなのでVbe特性が等しい。
が得られ、Rbを固定抵抗器としても目標のアイドリング電流値を安定に得られます。

下図は電源投入から30分経過までのアイドリング電流測定結果です。
電源投入直後は15mAのアイドリング電流が流れますが、5分後には13.5mAで安定します。


保護回路

Model10は全段直結DCアンプですので

からヘッドホンを保護する保護回路を設けます。
ヘッドホンはスピーカより脆弱ですのでより高感度な直流出力検出が必要です。
さらにバランス出力がステレオ分ですので4系統の直流出力検出を行わなくてはなりません。
保護回路は以下の条件でリレーを動作しヘッドホンを切り離します。

これらの保護を従来型の回路で実現すると大規模になってしまいます。
そこでPICマイコン PIC16F1823を用い簡潔に実現します。
PIC16F1823は14pinDIPパッケージに7chの10BitAD入力等の高機能を備えたマイコンです。
10BitAD入力により4ch分のヘッドホン出力と+電源の電圧を監視し保護を実現します。
マイコンよる保護を行うには回路設計に加え保護を実行するプログラムの記述、マイコンへのプログラムの書き込み、プログラムの動作の検証(デバック)が必要です。
プログラムの作製にはマイクロチップ社が提供する開発環境(PCアプリ)と開発キット(書き込みと接続用ハード)を用います。
プログラムはC言語で記述します。そしてマイコンへのプログラム書き込みとインサーキットデバッグの為にPICマイコン開発キットを接続するコネクタを保護回路に設けます。

実装

アンプ回路、音量調節ボリューム、ヘッドホン端子、電源回路、保護回路、トランス等殆ど全てを1枚のプリント基板に搭載しています。

回路図

下記はプリント基板上の回路図のPDFファイルです。
Model10ヘッドホンアンプ基板全回路図(.pdf)

特性一覧

バランス出力 アンバランス出力
最大出力 32Ω負荷 3.5W 1W
増幅度 14dB
5.0倍
7dB
2.5倍
周波数特性 DC〜250KHz (-3dB)
歪率特性 100mW 0.01%以下 0.01%以下
残留雑音 無補正 48μV 29μV
残留雑音 JIS-A補正 34μV 17μV
入力換算雑音 無補正 9.6μV 11.6μV
入力換算雑音 JIS-A補正 6.8μV 6.8μV

雑音特性はシバソク AM70Aオーディオアナライザにて測定

周波数特性

バランス出力周波数特性


アンバランス出力周波数特性


AnalogDiscoveryとFRAPlus自動測定アプリの組み合わせにて測定


歪率特性

バランス出力歪率特性
AnalogDiscoveryとFRAPlus自動測定アプリの組み合わせにて測定

シバソクAM70Aオーディオアナライザにて測定



アンバランス出力歪率特性
AnalogDiscoveryとFRAPlus自動測定アプリの組み合わせにて測定

シバソクAM70Aオーディオアナライザにて測定


10KHz方形波応答

バランス出力10KHz方形波応答
上が入力波形、下が出力波形です。 クリックすると拡大されます。

32Ωのみ 32Ω+0.001uF 32Ω+0.01uF 32Ω+0.1uF


アンバランス出力10KHz方形波応答
上が入力波形、下が出力波形です。 クリックすると拡大されます。

32Ωのみ 32Ω+0.001uF 32Ω+0.01uF 32Ω+0.1uF

出力オフセット電圧

Model10は全段直結DCアンプですので、出力に生じるオフセット電圧を抑えなければなりません。
全増幅段へのデュアル素子の採用と同相帰還によるバランス出力中点の0V固定により、
 バランス出力で2mV
 シングルエンド出力で1mV
の低オフセット電圧を実現しました。
下図は電源投入から30分経過までのオフセット電圧測定結果です。



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